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2014年9月24日 (水)

殺せ!ぶち殺せ!もうみんな死ねよ!「モンケン」β版レビュー

Png
モンケン・β版はこちらから

 飯田和敏をはじめとした名のあるゲームの作り手がパブリッシャーを介さずに、製作資金をクラウドファンディングで募り作りたいものを作る。という期待によってスタートした「モンケン」プロジェクト。

 だがしかしそこには日本のクラウドファンディングサイトCAMPFIREの代表家入一真との諍い、そして目標額達成の後、続報が聞かれないまま沈黙。その後の現在に4GAMERにも掲載されたチーム内部の不和などなど、そこには少数製作チームがかかる罠が潜んでいた。

 期待は一転し、スキャンダラスな側面にて話題になってしまった「モンケン」。だがしかしスキャンダルに関してはもうどうでもいい。ここで取り上げるのはスキャンダラスの中でもたったひとつ、あさま山荘・連合赤軍って題材とゲームメカニクスって一点だけだ。今回遂にβ版がWEBで公開。その雑記。


 飯田和敏作品はやっぱ競技性とインタラクティブ性を生かすゲームメカニクスからゲームを作るんじゃなく、コンセプチュアルな側面が誰よりも強いことで今日の評価を得ているかに見える。90年代のプレステはあれは3Dやマルチメディア時代というのと合いまり、既存のゲームメカニクスから成立するゲームの時代がいったん壊れて全く別の切り口の作品が許容されるという、コンセプチュアルの強度がとてつもなく高い作品がいくつも現れていた。


 しかしコンセプチュアルの百花繚乱のその後にゲームメカニクスの時代は当然戻ってくるわけで、次世代機当初の新奇性と共に許容されたそれらはあっという間に立ち位置を無くしていく。

 一元的な快楽や強度を求めないアートサイドからのコンセプチュアルなアプローチはその中で進歩した。たとえば上田文人(ワンダと巨像)から高橋慶太(塊魂)、それから現在ならカピバラゲームス(スキタイのムスメ、スーパータイムフォース)みたいに、コンセプチュアルの範囲は既存ゲームメカニクスも全く別の意味作用にしてしまうってレベルまで行く必要があると思う。

 なのでアート・コンセプチュアルスタイルは(本当のアート市場に転向しない限り)いずれ培われてきたゲームメカニクスやデザインとの対峙を余儀なくされるという。

Monn

ひとくち攻略情報:クリアしにくいステージがあったら大車輪アタックの連発が有効!モンケンくんの位置と逆方向にシフトキー動かして引っ張って回す操作でラストまでラクラク っつかそれ覚えたらほぼ終わりじゃねーか!


 「モンケン」はまさにその対峙をどうするかってのが問われる感じ。ゲームメカニクスから解き放たれたアート・コンセプチュアルは作品のなかの因果性や関係性による連続みたいなものを無関係に作れるけれど、ゲームメカニクスを主体とする場合、現在ではそのレベルデザイン・プレイヤーの学習曲線設定みたいなベースをもとにしないとコンセプチュアルも伝わらない。これは新生GHM(シャドウオブザダムドあたりから)でも見られたことだけど。

 ゲームメカニクスと搭載されるコンセプトやアート概念の一致、ということでは一つ分かりやすいものなら、最近ではナラティブって概念がゲームデザインの上で提唱されてる。実際ゲームデザインの役職にもナラティブデザイナーなんてのも潰れちゃったTHQが先駆けて部署を作ってたり、最近ではnarrative design explorerなんてウェブサイトがあるくらいなんだが、ゲームメカニクスから離れるタイプが時代の中でゲームメカニクスと対峙するとき、どうしてもそこまでデザインを高めきれない。


 ゲームメカニクス作りに戸惑うあまり、コンセプトもそのまま2流のゲームメカニクスに取り込まれてしまい忘れ去られるのだ。いったいどれだけの人があさま山荘も赤軍も全く知らなくともこの作品にゾッとさせられる瞬間を覚えたことだろうか?「ディシプリン」ではフーコーも犯罪者たちの元ネタを分からなくともあれは伝わる、とみるが。


 各マップもそりゃあ赤軍ワードがそこかしこにある。「重信」「ソーカツ」「ベース」などなど…城のステージ「やぶき城」ってのは何故?ってあったと思うがあれは赤軍が飛行機をハイジャックした際に「われわれは矢吹ジョーである」って名乗ったことが元ネタだろう。パシフィックリムは意味わかんなかったけどな!でもゲームプレイの中でそれらは「物理エンジンを利用したブロック崩し」というゲームメカニクスに集約され忘れ去られてゆく。


 それにしても飯田和敏、連合赤軍の映画で有名な若松孝二大好きなはずだけど、テロリストをモンケンで攻撃てそもそも体制の側なのかよ!よく考えたらインディーゲームやるってゲリラ戦指向してやることは体制側!でも内容にプレイヤーが体制について疑問を抱くとか、それ以上にあさま山荘って今日ではTVで視聴率を莫大に取ったメディア的な出来事であったとか、ゲームメカニクスっていう一元的な部分を超えるアプローチはあるはず。完成版ではそういうコンセプチュアルなところを突き詰めたらいいなと思う次第だ。



連合赤軍・あさま山荘事件の中継 視聴率は50%を超え、瞬間では90%を超えるほどとなり、マスメディア史的に意味深い事件となった。個人的には「モンケン」はそこのアプローチが欲しい
 


 今後のネタにするけど「今アート的ゲームはどうなの?何をもってアートとするの?」ってとき、やっぱコンセプチュアルにするにせよインタラクションにせよゲームメカニクス無視で成立させるのってのは古い。コンセプチュアル側の要求されるメカニクス理解と再解釈が必要というか。

 かといってAAAタイトルだろうともUBIなどなどゲームメカニクスサイドもさらなる価値を手にするためにコンセプチュアルやアート的なアプローチを無視できなくなってると見てる。というわけでこのあたりの話は今後に…
 

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2.中軽量級タイトル」カテゴリの記事

コメント

モンケンは企画段階からして制作者の暇つぶしに見えたのであんまり期待してませんでした
でも「水没都市」にはちょっと期待してます

>sabooさん

いや暇つぶしではなくガチですよ でもガチゆえに全体の制作進行を決めにくかったために
起きた諍いがあったと見ます
根本的なスタンスは賛成してるんです

コンセプト主義においては、ゲームメカニクス(≒ゲームシステム?)はゲームの一要素でしかないので、完全無視しようが重要視しようが自由。
だからコンセプト主義はまだまだ可能性を秘めていると思います。
純粋なゲームメカニクスから作られたゲームはゲームとしての強度が高いものの、
政治や社会、メタ要素etcに乏しく個人的には物足りないんですよね。
もっとゲームの規範から離れたゲームが見てみたいです。
何をもってゲームが「アート」になるかと言えば、そのゲームに開発者の確固たる
「エゴ」が込められていることが条件になるかと思います。
これは現代アートに限った話かもしれませんが、アートほど創作者の「エゴ」や「業」を
肯定する表現はないように思えるので。

> rim mimitowaさん

自分もコンセプト主義は賛成です
しかし、実際にはコンセプト主義をやるにしても
今はもっと深いレベルまで行ってるので
単なる提示レベルだとちょっと古く見えてしまうんです。

ここでいう古くって意味は
かつて任天堂やセガが主だったところで
プレステの登場により3DCGやムービーなど多彩な表現が可能になり、
旧来のゲームメカニクス中心の評価軸以上のことが起き、一旦リセットされる。
新技術の発展というのと、ジャンルの持って生き方の指針というのが相まって
で、そうしたところにコンセプト主義・アートゲームの土壌が起こり、
旧来のメカニクス全否定みたいなのは意味があったと思います。
(あと、Wiiもアートゲームに発展可能な領域をかなり持っていたと思います)


ですが、やがて新技術浸透と洗練の中で
コンセプト主義そのもの、ってのはやっぱちょっと古くて
「the graveyard」などはちょっと浅いレベル、
90年代とかのプレステや飯野健治あたりで終わってるもので、

現在、新しいコンセプチャルな領域ってのは
過去のゲーム史のアーカイビングによって
かつてからのゲームメカニクスをもとにしながら、
そのゲームメカニクスの結果から起こる感情を別物に変えていくことというか。
「マリオ」に対する「braid」とか「FEZ」とか。

今ナラティブなんて単語を代表に
ゲームメカニクス洗練サイドもそれ以上の感覚を持たせる
コンセプチャルな領域を意識してますし、
アート・コンセプトサイドもゲームメカニクスというものを
別の意味作用に見せたがってる。
それが現在進行のコンセプト主義では?と観てます。


ちなみに今、純粋なインタラクティブによるコンセプト主義そのものが有効なのは
新技術登場&メディアへの志向の場では?ということで、
Oculus専門のゲームがとくに可能性あると思います。
すでにこういうえげつない作品も控えているらしく
http://www.famitsu.com/news/201410/11063432.html
そして飯田和敏がそこで「水没都市」という新作に着手するのも
あながち偶然ではないのかなと思います。

このあたりのコンセプトやアートとゲームデザインのネタはまたまとめます

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