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2014年5月 6日 (火)

「Kero blaster」リリース記念・「洞窟物語」によって俯瞰されるインディーゲーム史10年の変貌のメモ(修正版2)

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ビデオゲームライターであり美学研究者でもある死に舞さん主催の「HOT LINE TOKYO」(以下HLT)に参加させていただきました。

 議題は「洞窟物語」で、ゲームデザインがどう優れているか、音楽がどう印象深かったか、獣の女の子になにかフェティッシュなこだわりがあるのかなどなどが多くの参加者によって語られました。そこで自分が重視したのは現在インディーゲームが今やソニーがフォローする形になり、メサイヤでさえ取り扱おうとする流れとなっているほど広がっている中で、どうして「洞窟物語」がインディーゲームの中でも歴史的にも重要な位置になったのだろうか?ということでした。


 「洞窟物語」の内容の素晴らしさを語るのはすでに多くの方が行っているため、ここでは作品が発表された2004年前後の時代の環境の変容が、いかに「洞窟物語」の完成度とタイミングがあったのかというここ10年の歴史を「洞窟物語」を通して振り返るという「Kero blaster」リリース記念エントリです。書く前にざっと筋を考えただけでも相当な難しさとなったためまずはメモ程度です。

 書いていてわかってなかったり抜けがある気がしてならないのでおいおい修正していきます。


 



1・「洞窟物語」リリース前後のインディーゲームの状況



 英語ですがwikia系にてHistory of Independent Gamesというその名の通り個人から少数チームによるゲームの製作の歴史を簡単にまとめたものがあります。


 ここで書かれている歴史の簡単なあらましは、主にビデオゲーム誕生期から、80-90年代までには様々な個人の趣味用のゲーム製作ツールやエンジンなどを取り扱っており、その中にはご存じアスキーの「RPGツクール」も含まれています。ですが、この時点ではツクール系はツクール系のみのコミュニティに属している形だったように、各ゲームツール・エンジンはツール・エンジンやメーカーごとのコミュニティにのみ属する形となっており、それぞれがバラバラの孤島となっていたのです。


 そうした状況が2005年より変貌していきます。このようなバラバラだったビデオゲームの個人製作のニュースや、個人製作のクリエイターやゲームプレイヤーの集まれるフォーラムなどを取り揃えたポータルサイトであるTIGSOUCEなどが登場しシーンの統合が進んだほか、「Darwinia」のIntroversion Softwareなど独立系開発者が自分自身の手で自作をプロモーションしていくようになったのです。

 そうした状況のなか、「洞窟物語」は2004年12月20日にリリースされました。海外においては翌年2005年1月30日には日本のビデオゲームの英語翻訳パッチを数多く提供しているサイトAeon Genesisにて「cave story」と英訳されたパッチが登場。2005年2月2日には当時の海外ゲームネットメディアの1UPが高い評価のレビューを挙げています。(英語wiki”Reception"項による情報ですが、とりあえずネットレベルの公のメディアで最も早く評価したメディアと見ていいでしょう) その後2007年にはレディオヘッドのメンバー、ジョニー・グリーンウッドがバンドの公式ブログにて紹介するなどして広がっていきました。

 歴史を振り返ってこの2005年のインディー界隈の再編というべき流れの中で、「洞窟物語」はひとつのトピックスとしても語られています。なぜ、現在までの世界的な評価を得て、インディーゲーム史で大きなトピックスとになったのが「洞窟物語」だったのでしょうか?他のフリーゲームや独立開発ではだめだったのでしょうか?

「洞窟物語」発表当時の日本のフリーゲームは?


 現在のインディーシーン形成以前には、日本の個人製作のビデオゲームシーンというのはまだインターネット環境が容易に普及していなかった時代、アスキーのテックウィンなどをはじめとする雑誌メディアにて個人製作のゲームのコンテストを行ったり、フリーウェアやゲームの体験版を雑誌付録としていました。

 また、インターネットの普及に伴い、フリーウェアを取り扱っているサイト窓の杜などやvector、そしてふりーむ!などで個人製作のゲームのダウンロード配信などが行われていきました。


 「洞窟物語」が2004年末にリリースされた当時の周辺のフリーゲーム界隈はどうだったのか?を簡単に見通せるのは、フリーゲームレビューの最大手であるフリーソフト超激辛ゲームレビューさんのところなのだと思われます。


 とりあえず2000年から2004年前後にリリースされていた作品群を各ジャンルごとに眺めていても、先述の通り日本では大手のゲームツール・エンジンであったRPGツクール系にてすでにコンテストにて評価された「コープス・パーティー」「囚人のペル・エム・フル」といったアドベンチャーとして優れた作品から、充実したゲームメカニクスを持つRPG「イストワール」なども数多いです。また、シューティングゲームも充実しているとも見えます。

 にもかかわらず、「洞窟物語」なのは何故か?フリーゲーム界隈に詳しいUntouchable's diaryさんのこの記事によれば「日本にはフリーソフトの良作RPG作品が数多く存在しているにもかかわらず、テキスト量の多さ、文化の違いなどの要因により、アクションやシューティングに比べると外国語に翻訳されて海外に紹介される機会が極端に少ない」ということが障壁となっていたようです。(逆を言えば「ゆめにっき」が海外でも評判となった理由には、ほとんどと言っていいほど言語的な障壁が無いこともひとつのポイントにあったのではないでしょうか?)

(※ ツクールシーンのひとつが、ある種歴史の影の中で掻き消えつつあるのではというのは、「洞窟物語」中心で現代インディーシーンが形成された大きな歴史の影、という本エントリの裏のテーマです。もちろん、「シルフェイドシリーズ」「片道勇者」のsilverwolfなど当時から現在までのシーンで繋がっているケースもあります。現在フリーのツクールシーンの傑作はPLAYLISMが「魔王物語物語」「ふしぎの城のヘレン」が英訳され、海外にてプロモートされています。)


 ではアクションゲームだったからなのでしょうか?ほぼ同世代にはプレイアブルおばけキャラが敵に取り付くことで進める「おばけの行進曲」や「洞窟物語」とも近似する構成の「魔王のアクジ」などなどがありました。「敵キャラに取り付いて特殊アクションを使いマップ攻略」などの特徴あるゲームメカニックを持っています。
 
(※ そしてここはまだまともな検証はできてないですが、「洞窟物語」の爆発のポイントにはWindows版だけではなくMac版にも移植が行われたこともまた、大きなポイントではあるでしょう。)


2000年代中盤から活発になる2Dプラットフォーム・8ビット16ビットリバイバル・ダウンロード販売

 「洞窟物語」で自分にとって特筆すべきは、やはり過去ビデオゲーム体験を強烈に喚起させるグラフィックスやチップチューンによる音楽、その操作感やステージデザインやレベルデザインの手触りです。


 メトロイドヴァニアと呼ばれるような「メトロイド」&「悪魔城ドラキュラ」スタイルの構成というだけではなく、自分は「カエルのために鐘は鳴る」「魔界塔士Sa・Ga」などなどを思い返していたのですが、HLTで皆さんのお話や当時のテストプレイヤーの方のお話を聞いたところ、どうやらメガドライブ期のトレジャーの「ダイナマイトヘッディー」のようなムードさえ過去を喚起させるポイントも数多くあったようです。そう言われればタイトなガンファイトのあの手触り、とくにモンスターX戦は「ガンスターヒーローズ」のそれに近かったとも思います。



 「洞窟物語」の特性として作り手の過去2Dで8ビット16ビットのゲーム体験やゲーム構成を現在のハードの能力の高い環境によって再現するという部分が大きいです。それは2005年以後のインディーのみならず、任天堂はじめプロの商業デベロッパーさえ含めて2Dの8ビット・16ビットを含めた「現在から過去をリバイバルする」ということを先行したひとつであり、そして大きく成功した形であると見ています。


 特にインディー界隈ではそうした過去の体験・過去アーカイブからのリバイバル・再構築の意識は強いです。自分のエントリ「8ビットリバイバル」「任天堂の2D・3Dを行き来する現代性」の時にも書いたことですが、現在では「Hot line miami」「Anodyne」などなど過去のビデオゲーム体験を元に現代のアートやデザインによる、一段高いレイヤーから8ビット16ビット時代の記憶の手触りや、「braid」「Limbo」、それから「Fez」のような2Dプラットフォーマ―のアクション構造の脱構築、魔術的・精神の内面的・情緒的な方向などやそれに伴う新たな物語性の創出へとシフトさせています。


「洞窟物語」の特性が以後に繋がっている面というのは、自分はこのあたりを先行していた面がひとつあると考えており、グラフィックからチップチューンミュージック、ゲームデザインに至るまで「現代の技術で過去を再評価・再デザイン」というクリエイティビティの変貌を(ほぼ意識しないで)先行していたことも歴史のトピックスとなるのに関係あるかもしれません。


ゲームエンジンの拡大やダウンロード市場の拡大によって、個人・少人数製作の拡大



 「洞窟物語」のリリース時、2004年前後から活発になっていくのは過去2Dプラットフォームのリバイバル的な動きや、コンソール機でもダウンロード販売が始まっていったことによって膨大な過去作品のアーカイブが展開されていったことでしょう。


 たとえば2001年にはプロジェクトEGGがスタートし、早い段階で過去コンソールやPCでのアーカイブを展開。2004年には任天堂によるGBAにて展開したファミコンミニシリーズによるリバイバル。その後にXBOXLIVEやWiiバーチャルコンソール、そしてPSNなどなどコンソールの大パブリッシャーにて過去作品や独立系を主にしたダウンロード市場を展開していきました。そしてもちろん、steam、GOGなどなどPCでのダウンロード販売を活発に行うものも広がっていきました。

 「洞窟物語」はフリーゲームからスタートし、 その後にコンテンツを追加したりグラフィックやサウンドを一新したヴァージョンをwiiwareやsteamといったダウンロード市場から3DS版にて3DCGグラフィックでリメイクされるなど広い移植・展開が行われていきました。

 
 ダウンロード市場の拡大は、パッケージによる物理的メディアでの流通のリスクを持つことなく、作品をデータとして販売することで商業的な展開を行うことが容易となりました。そのために独立系開発が自身の作品を商業的に展開するハードルが大きく下がっていったのです。


 また2005年には、現在のインディー製作のゲームエンジンとして広く多用されているエンジンUnityが登場。登場以降インディーシーンが拡大していく現在までに個人・少数ゲーム製作者の開発ツールとして拡大・進歩していき、PCからコンソール、タブレットに至るまでのマルチプラットフォームに対応するまでに至り、さらに独立製作シーンを活発化させるに至りました。

それから現在「kero blaster」

 
 これまでゲームツールやエンジンごとにバラバラだった個人製作によって配信されていたビデオゲーム群。これが2000年代中盤以降、統合するコミュニティが整備されていったことや、そしてコンソール機からPC、現在ではスマホタブレットに至るまでのダウンロード配信プラットフォームの拡大による、ゲームリリースにおいての環境の激変などによって、パブリッシャーをほぼ介さない少数・個人でゲームを作り、自身でそれを売るといったその流れは現在「インディーゲーム」という言葉がつけられ、可視化されていきました。

 
 「洞窟物語」とはプロの任天堂に比肩しうる完成度もさることながら、グラフィックスから音楽まで全て一人の手によって作り上げたもの、というすべてがDIYであることもその精神こそ重要でしょう。それがパブリッシャーに縛られずクリエイターが自らの手で作り、自らの手で売るというインディーゲームシーンの機運が高まる環境の変化と呼応したことで、現在までシーンでひとつの歴史的トピックスとなったのではないか、とざっと情報を眺めた自分は考えています。



 こうして2000年代中盤以降のビデオゲームシーンの大きな変貌として、ひとつのシーンと展開されていった現在のインディーゲームはどうなのでしょうか?すでに「マインクラフト」などが商業的にも巨大な成功を収め、独立系の作品が数々が多くのビデオゲームの賞を得ているなど批評的にも大きな成功を収めるまでに広がりました。


 すでにソニーからマイクロソフト、任天堂に至るまでコンソールのトップまでがダウンロード市場の活性なのか協力を着手。しかしソニーに至っては「コンソール機のトップであるプロ中のプロのオレが協力するんだから少数でちまちまやってる貴様らは作品出してみろ」(”ヒトヤマ当てたい”はクリエイターじゃなくてパブリッシャーの本音だろ?)というスタンスがこのサイトからは丸見えになっています。


 またこれまでプロのパブリッシャー・デベロッパーにて活躍していた稲船敬二などのクリエイターなどがインディーシーンに降りてくる、というケースも見受けられます。これを「インディーシーンの活性化」と捉えるか、「プロの天下り先」と捉えるべきか。どうあれシーンの環境はここ10年の間に統合・成長し、半ばメインストリームと混ざり合うところにまで行きました。


 それは全てをDIYで行う精神が、パブリッシャーが餌を見つけて寄り添う堕落か。それともビデオゲームシーンの成長か。音楽や映画の界隈ですでに起きているインディーとメジャーの歴史をビデオゲームはどう辿るのか?



 スタジオpixelの新作、「kero blaster」は一見して驚きます。今では8ビットリバイバル~そこから現在の技術での脱構築のクリエイティビティの方向にかなり舵を切っている現状の中で、「洞窟物語」よりももっと過去の原体験へと潜り、それを再現しようとしているかのようです。洞窟物語から10年、そのリバイバルとももはや言えない。そしてアート的な脱構築でもない。凄まじく純度の高く映るクリエイティビティは、どのように感じられるでしょうか。

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コメント

プレイしたことが無かったので知りませんでしたが、なんだかとんでもなくハイレベルなクリエイティビティですね。日本でも時代はインディーズなのかぁ。

>sabooさん

ビデオゲームの個人・独立系製作にそこまで詳しくなければ
現在ではファミ通が取り扱うほどインディーズゲームのオーバーグラウンドでの
流れがあるように見えますが、
本当にそれが勃興する熱い時期はどうやら3、4年前に過ぎ去っていて
僕にしてもインディーズがすげえとか言ってたのが1年前の体たらくだったりします。

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