「To the moon」とフロイト精神分析療法
「To the moon」は死を迎えている人間に対してスペシャリストが記憶の中へ潜り、最後の願いを叶えるアドベンチャーとして2012年に評判になったアドベンチャーだ。
相変わらずhumbleで安くなってから買うなんてことやるせいで、今頃クリアした。あらかた本作のレビューや評価は出そろっているので、やや今更ながらその中でもあんまり言及されてないだろう部分を取り扱った変則的な感想と考察。
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「To the moon」はとても感動的な物語だ。が、しかしそれはありがちな今のシネコンでかかり続ける日本映画がやるような”(難病や老衰などで)死に向かう主役”や”ラブストーリー”を基調としているだけではないだろう。あまりにも多くのメディアで描かれ続けるテーマ・愛と死。それは本作の泣かせにかかる主旋律だが、琴線にかかったのは副旋律としての部分だ。
オレにとって感動的だったのは、それは人間の持つ欲動や行動の元になる、抑圧された記憶が一体どこから来たのか?今このどうしようもない怒りや悲しみ、歓喜や破綻の欲動の裏には過去の何の体験や記憶が元になっているのか?自分の人格を人格たらしめているのは何か?ということを探る、フロイトが切り開いた精神分析療法の側面を遺憾なくアドベンチャーに落とし込んでいることだ。
「月へ行きたい」と願う死の床に伏している老人・ジョニーの願いを叶えるために、シグムンド社から派遣されたエヴァとニールの関係はまるで精神分析療法のクライアントと医師の関係そのものだ。ジョニーのこの月へ行きたいという欲動は果たしてどこから来たのか?それを丹念に、最も近い記憶から、子供ころまでの記憶へとエヴァとニールのコンビは降りていく。
精神分析療法はまず医師や心理療法士といった専門家が患者と幾度か面談を行い、患者にまつわる様々な情報を知っていくことからスタートする。エヴァとニールは記憶の中に潜る前に、まずジョニーの家の住人などや家の中にあるものなどを探っていく。
本格的に専門家が患者に精神分析を行うとき、専門家と患者は一対一で話し合う。患者は心の中に思い浮かんだことを自由に話していき、専門家はそれに注意深く耳を傾ける。そして、患者の話からこころを分析していき、そこからさらに患者の連想を導くことで、患者のこころの奥にある、トラウマなど深い問題となっている部分にたどり着こうとするのだ。そもそものエヴァとニールの所属するシグムンド(Sigmund)社、これはそのままフロイトのファーストネームSigmund freudを取っているのだと思われる。
エヴァとニールはジョニーの記憶の中に散らばるメモリーリンクを集め、さらに記憶の奥に進むためのファクターを見つけだし、ジョニーが月へ行きたいと願うようになったその欲動の記憶の原点を探りに行こうとしていく。プレイヤーが行うそうした探索の行為は、まるで専門家が患者のこころの奥の問題を解き明かしていく行為を擬似的に実現しているかのようだ。(やたらニールのキャラクターがシニカルなのは、これはプロだから患者の記憶に感情移入しないせいだ。素人がたとえば精神の揺れてる、いわゆるボーダーの娘とかの相談に乗ったりして人間関係がぐちゃぐちゃに。なんてことは皆さまの身の回りにも1,2件記憶にないでしょうか)
フロイトはこう語る。こころの問題というのは患者の過去の記憶のなかでも、特に幼少期の記憶の中にその原因を探ることが出来るという。ジョニーの記憶の中で、妻リバーとの愛の記憶が大半を為しているのを追っていくのだが、その中でどうしても幼少期の記憶の中に繋がらない瞬間が出てきてしまう。
ジョニーの「月へ行きたい」と願う記憶の原点にはどうしようもなく心を閉ざすことになったある経験が関係してしまう。エヴァとニールはその解決に向かっていこうとする。最終的に専門家は患者のトラウマを発見し、その対策を練り治療へと導いていこうとする。
精神分析的であると同時に、(これも日本泣かせの映画のネタになりやすい)ホスピスの物語でもある。終盤、エヴァはジョニーの月へ行きたいという欲動の記憶にたどり着いたのちに、それを実現させるために極端なまでの記憶改ざんを行っていく。それは過去のトラウマの記憶さえ解消し、そして月へ向かう記憶へと向かう。だがしかしそこで妻・リバーの記憶が障害となるため、改変していこうとしたのだ。ところが、最後の最後にエヴァとニールですら予想しなかった展開が起こる。
本作が「大人の鑑賞に堪えうる」という点、それはこうした副旋律として部分だ。人間の様々な感情から行動を導く欲動は、実は幼児期から思春期のころに掴んだ何らかの記憶や体験の数々の抑圧によって発生しているのではないか。たとえ今20歳だろうが50過ぎていようが大人になったとしても、何かをやっていきたいという精神や、心がどうしようもなくなってしまうその裏側にはガキの頃の何らかの記憶が関係しているのかもしれない。それが自分でも自覚しきれない、無意識と呼ばれる領域のことだ。年を食った大人になればなるほどそれはわからなくなる(わかっても認めたくなく)なる。でも本作では擬似的な形で―感情的な愛と死の物語構造を通して―それに触れる。だから感極まる。
「To the moon」はベタなラブストーリー&終末医療ものという泣かせの定番を含んでいながら、人間がいかにしてある行動やある感情を生む欲動にいたる記憶を得るに当たったのか?ということを、まるでプレイヤーは精神分析療法のスペシャリストとして患者に向かいあうことを半ば擬似的に・デフォルメした形で追っていくアドベンチャーだ。というわけでデベロッパー・freebird gamesの次回作「bird story」も期待しつつ・・・
あと去年に番外編・エヴァとニールのシグムンド社での外伝もフリーでリリースされている。クリアした方もチェック。
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