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2013年12月 6日 (金)

「ブラザーズ:2人の息子の物語」感想と考察 ビデオゲームの中でバラバラのままの感情と理性の二重性が結合する長い旅

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 「ビデオゲームはプレイヤーが自分で操作して世界と干渉するためもっとも物語を味わえるんだ。双方向的だから一方向だけの映画や漫画や小説の物語よりも豊饒なんだ」というような物語論の部分で簡単にビデオゲームならではの利点を語るのをしばしば見かけるのだが、しかし詰めのところでそれはまったくの逆の評価となる。むしろそれはビデオゲームならではの弱点ともなりうる点だからだ。


 なぜならビデオゲームで干渉出来うる部分というのは結局のところ限られているうえに、搭載されている物語や登場人物の性格、世界観といった部分と根本の部分であるゲームメカニクス・システムというのは確実に相反しあう。ゲームプレイヤーが実質的に干渉しているのは物語ではなく、ただゲームメカニクスそのものだけだ。RPGのルールであるザオリクだけが”死”と名付けられた戦闘不能のステータスを戦闘可能にするだけであり、パパスをゲマに殺された”物語”から救うことはメカニクスやプレンダーの木の枝の分かれ目にかからない限りありえないのだ。そしてもちろんそれをプレイヤーは皮膚感覚で分かっているのだ。


「ブラザーズ:2人の息子の物語」とは近年様々な手法でプレイヤーが干渉し得ない物語というものと同時に、干渉せざるをえないメカニクスをギリギリまで削ぎ落とし、引き合いながら相反しあう二つをシンクロさせる試みを行っているAAAタイトルからインディーズまでのクリエイティビティの流れの中の一つにある。

 だがしかし、このタイトルならではの異色さというのはまさに二人の兄弟を操作するが如く、ビデオゲームとそしてプレイヤーそのものを取り巻く、引き合い相反しあうという二重性というものがゲームプレイ全体の重低音として提示されているとしか思えないところなのだ。




 

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 「ブラザーズ」は、かつて母が船から溺れ死んでしまったことを助けられなかったトラウマを持つ弟が、今まさに父をも大病で死に瀕しているのを救うために、兄とともに大病から救いうる万能の薬を生む大樹へと向かう旅に出る物語だ。

 間違いなく「ICO」の影響はそもそもの主人公二人でパズルを解いていく構成はもちろん、空気遠近法やパースを生かした高低や奥行きのある風景などの霧のなかの淡さや高所への恐怖感というロケーションの構築から、ところどころにあるベンチの存在、そしてヨーロッパ的でありながら、架空の言語による架空の世界という演出で、ギリギリまで世界観や物語というものをくっきりと際立ててはしない点など数多い。なによりも物語とゲームメカニクス、それらが極限まで削られているという点が大きい。物語や世界観は語りすぎればその世界をロジックで捉えていくようになるし、メカニクスは豊富であればほどプレイヤーの集中は問題解決に向けた計算や打算の方向へと向くからだ。


 しかし「ICO」が実質操作不能なヨルダとともに手を繋ぎ、パズルを解いていくなかでそこに愛しさの感覚が徐々に生まれていったのに対し、「ブラザーズ」は最初から兄弟二人の操作はプレイヤー一人の手に委ねられている。故に、パズルアクションならではの独特のかけがえのなさ、といった「thomas was alone」で生まれたようなマジックとは趣が異なる体験を生む。


 左手と右手の二つのスティックで二人の兄弟を操作するというこの体験はシンプルながら最初のころには意外なくらい兄弟が揃って走りあうということさえ上手くはできない。というか今回オレはsteamセールで買ったのだがコントローラーをパソコンに繋ぐのが面倒という理由でキーボードで最後まで操作していたんだけど、それはさながらピアノで左手と右手でメロディーとベースラインによる区分けから和音を生んだりもする演奏をしているのに錯覚してしまった。(是非PC版で一度クリアした方もキーボードでもやってみてください・笑)

 

 このシンプルにして意外なままならなさや、引き合い離れる感覚というのがゲームプレイに反映していることまで含め、イコとヨルダやトーマスと多くの仲間たちのようなかけがえのなさと別に、兄弟という関係独特の感覚を反映しているようにさえ思う。実際に兄弟姉妹がいる方ならうっすら理解できると思うのだが、その協力の仕方から、ほんの少し差し挟まれる肉親関係ゆえのあの独特の鬱陶しさと、同時にとても心配にもなるあの感覚が思い起こされる。


 この両手で兄と弟を操作する感覚はまるでビデオゲームのデータとシステム、そしてプレイヤーの感情と理性を取り巻くあらゆる二重性の象徴のようだ。引き合い離れ、時に鬱陶しくなりながら混じり合おうとする。


 この二重性をシンクロさせるために操作法はスティックとトリガーだけ、進行はかなりの面リニアにしてあり、パズルの解法さえもシンプルにすることで、複合的にしすぎたパズルが生んでしまう計算や思考の時間によるシーンのエモーションとの乖離を徹底して避けている。同時に世界観や状況をもほぼ描かず全て兄弟の通過する体験への感情移入そのものに絞ることで、ありとあらゆる相克がこの旅路のなかで混ざりあおうとしていくのである。

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 前置きに書いたようなビデオゲームの特性とは、搭載されるキャラクター、物語といったデータの部分とゲームメカニクス・システムというものが引き合い分裂しているという二重性にこそあるとも見え、実際の開発に関わっているざるの会さんの言葉を借りれば厳密には「データとシステム」「メタファーとプログラム」という相克があるのだ。


 概ねプレイヤーは「データとシステム」の相克をそれぞれこう受け取っているはずだ。ビデオゲームで出力されているデータであるキャラクターや音楽、そして物語の流れに対して感情移入する。その一方でビデオゲームでプログラムされているジャンルに沿ったルールの中で、ステージをクリアするなりの問題提示に当たってはその解決にあたっての様々な手段や計算によって理性的な判断を下す。この二つはほとんど平行線を辿る。時々寄り合う。

 

 言ってみればこれは人間の持つ感情と理性の相克だなんて命題にさえ繋がるとも言えるかもしれないくらいだ。大昔のニーチェなんかはこの相克に関してオシャレに例える。ギリシャ神話を持ち出し「感情」を司るのがディオニュソスであり「理性」がアポロンを意味し相克しているのだなんて語ったほどだ。


 
 「ブラザーズ」はビデオゲームを取り巻く物語なるものとゲームメカニクスの二重性から、それに伴う感情と理性の相克までの二重性、そして両方のスティックを使用しての兄と弟を操作するというゲームプレイの二重性までそれぞれが時に離れ、そして混じりあう体験を初めから終わりまで敷き詰めている。


 そもそもの本作の製作構図もまた二重性に象徴的だ。本作の原案を企画したのはなんとスウェーデンの映画監督ジョセフ・ファレス であり、これまでに5本の映画を監督。フィルモグラフィで多いのはなんとコメディ「ブラザーズ」の作風からすればちょっとびっくりなんだが、その温めていた案を、「The Darkness」「Pay day2」の製作実績のある同国のゲームデベロッパーStarbreeze Studiosに持っていき実現したという形となっているらしい。




 

  ジョセフ・ファレスのインタビュー 「Heavy rain」や「the walking dead」を好んでいるという



 ビデオゲームに理解ある異業種がこうした形でプロのデベロッパーと組んで、いささかビデオゲームシーンから変調となる作品をリリースするという成功例(ここが重要です 相川コージのことは忘れろ!)ということで糸井重里と任天堂&パックスソフトニカ・HAL研究所・ブラウニーブラウンの「MOTHER」シリーズを思い出さずにはいられない。


 そうしたタッグの構図が概ねビデオゲームの感情と理性の片方ずつの取っ手を持つように、ビデオゲームで感知できる物語性や感情移入の点に注目しているジョセフ・ファレスの原案と、Starbreeze Studiosがメカニクスから何まで構築していくという構図の二重性、というものさえこじつければ見えてくるくらいだ。

 

 
 

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 その試みが二重性の完全なシンクロを生み続けるかといえば、無論それは不可能に近いことで、リニアさゆえに不可避であるビデオゲームにおけるプレイヤーの自由度から戦略や計算の少なさ、単純にパズルの簡単さ、それからボリュームの少なさなどなどといった最大の干渉面であるメカニクスやチャレンジ周辺の物足りなさだってある。



そして実際の物語にしても、兄と弟の二重性はやはり時にシンクロし、また相容れない瞬間が入れ替わりもする。それはビデオゲームに触れている時の、感情と理性のシンクロと相容れない瞬間の入れ替わりそのものでもある。

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 しかしである。感情と理性が付かず離れず引き合い、様々な体験ののちの旅の終わり、最後の難題が現れる。それはもう絶望的なまでの、打つ手のないかのようなものだ。だがしかしそこで解決法を見出した瞬間、バラバラであったはずの物語からメカニクスから、プレイヤーの感情と理性、そして兄と弟の意志など全ての二重性が結合する。「ブラザーズ:2人の息子の物語」とは父を救うために、万能の薬を取りに行く旅路というだけではない。一つのビデオゲーム、一人のプレイヤーの中のありとあらゆる相克する二重性を結合させる旅路に他ならない。


今回「ブラザーズ:2人の息子の物語」はsteamにてプレイしました。



 

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コメント

最近このゲームをクリアしたのですが、そこまで深く考察されるとは感服です。。。

ブラザーズは傑作でしたけど、どうしても小品であったところが物足りなくなってしまうので、もっと予算があったならどうだったのかな、というのは考えちゃいますね。
大作だったらだったで完成させるのが大変なのでしょうが。トリコぇ………

>sabooさん

この記事はここまでに数多くリリースされた
パズル・アクション系統すべての深い特色を総まとめにする気持ちが
かなり入ってる記事になりました。某所でこの作品を語るみたいなことやったんですが、
その時はあんまり褒めてなかったりしたのですが 笑

3年前の記事にコメするらのも何ですが、
深い考察に感心しました。

短いゲームですが、よく出来たいいゲームですよね!最近流行りのVRなどの体感型ゲームの完成系に近いモノだと私は思います。
左スティックの兄は難なく操作出来るのですが、右スティックで移動を行うゲームは慣れていないせいで手こずってしまう・・・
ゲームを進める内に右の操作が上達していくのが、物語の弟の成長とリンクして自身が物語の中に入っていくような感覚に。
これからの映像技術の進化にも期待ですが、+αがゲームには必要だと記事を読み改めて思わされました。

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