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2013年11月15日 (金)

「アドベンチャーゲーム復活」の爆心地、telltale gamesの「The walking dead」感想と考察

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 コンソール界隈では下火になりつつあったのだが、近年の環境変化によって復活の傾向を示しているというジャンル、それはアドベンチャーゲームだ。

その環境変化とはスマートフォンやタブレットの普及に加え、steamなど様々なデジタル販売サイトの広がりなどによって、販売コストの低下やアドベンチャーの「探す」という行為に最も合ったインターフェースでの広まりなどなど以前にこのあたりのエントリにまとめたが、中でも大きなヒットを飛ばし話題になったのがこの「the walking dead」だ。


 なにしろこの作品のデベロッパー代表をして、「アドベンチャーは復活を遂げた」 と発言しているほどなのだ。ある程度のアドベンチャーゲームファンとして今回この作品をクリアしてみて、いったいこの作品の何がこのジャンルで特筆すべきか?のレビュー。



▼現代のアドベンチャーゲームの正道進歩の位置とは?

 

 さて本作はご存じ原作漫画&海外ドラマで評判になったもののゲーム版という形を辿っており、本作のデベロッパーtelltale games はこれまでも「CSI科学特捜班」シリーズから「ロウ&オーダー」などのドラマから80年代クラシック「バックトゥーザフューチャー」「ジュラシックパーク」などブロックバスター映画のゲーム化など、多数の版権ゲームを手掛けているところだ。



 とはいえ原作ゲーム専門で仕事を消化してるっていうと近年のドリームファクトリーみたいな類を想像するかもわからないが、遡ればアメリカのポイント&クリックアドベンチャーの最大手だったルーカスアーツのスタッフだった人間によって立ち上げられたデベロッパーであり、トラディショナルなアドベンチャーゲームのメカニックを熟知している系譜を持っているのである。


 
 ということでポイント&クリックアドベンチャーの現在系であり、しかも現代のインディー界隈のような「スキタイのムスメ」 「Gemini rue」 のようなアート系再構築からポイント&クリック90年代リバイバルのような雰囲気ではなく、今の環境と技術水準をもとに真正面から挑んだケースとして捉えられ、それはどんなものだったか?というともうこうした切り口を最大のものにしたかと思わされるものだった。



▼the walking deadがプレイヤーに真正面から突きつけるもの

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 アドベンチャーゲームが武器としてきたものとは、考えてみればビデオゲーム全体からすればその当時当時で前衛的な部分だったのではないだろうか? 簡単に歴史を振り返ってみても原初のコンピューターと人間の対話という感覚の提供はじめ、CGからグラフィックス・ストーリーといった表現の重視などを先行していたし、現在でもビデオゲームとプレイヤーの根源的な関係、その間にある物語性なども含めて(作り手が意識的であれ無意識的であれ)前衛であり続けている。


 しかし、やがて他ジャンルでも当然のようにそれらは使われていくようになり、今やアクションやRPGなどでもその物語性や映像表現力を発揮されることにより、アドベンチャーというジャンルでなければ実現しえない領域というのは狭まっていってしまい、やがて市場のポジションとしてもニッチの位置に追いやられてしまいながらも時代の各所各所でインパクトを与える構成の作品が登場、というサイクルを辿ってるように思う。


 「the walking dead」の構成は一見「すでに他ジャンルに奪われてしまった」要素が多い。基本的には膨大なムービーで進行し、プレイヤーは妻の不倫相手を殺害し、刑務所へと送られることになった大学教授リーがアウトブレイクの後に出会った少女・クレメンタインを両親のもとへと連れていく旅を演じる。ムービーの一方的な展開でも「会話を時間内に選ぶ」というメカニクスは「マスエフェクト」だとか「デウスエクス:ヒューマンレボリューション」で有名だし、日本でも「サクラ大戦」シリーズでおなじみのあれだ。


 こうしたゾンビものなのでもちろんアクセントにアクションシーンも含まれるのだが、これをほぼ近年には批判の多いQTEが担っており、あくまでドラマの感情移入や緊張感のアクセントをつけるレベルというそれだ。もちろんアクションゲームではないし(QTEの最悪さはプレイヤーからすれば突然違うルールのゲームがぶち込まれるテンポの嫌悪感だし)、アクションに至るムービーの導線も上手いためアクセントには成功しているのだが、これも今では「アンチャーテッド」的な作品がシネマティックな没入と感情移入の仕掛けを先行してる。

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 だがしかし「the walking dead」がプレイヤーに鋭く突きつけるのは今ではよく出来た「シネマティックなゾンビゲーム」というガジェットというよりも、ポストアポカリプスというやむを得ない状況下で正解のないどうしようもない選択の連続を体感させることにある。


 それはエピソードの最初でこそ「2人の仲間がゾンビに襲われどちらかしか助けられない」という非常に単純な選択を迫られるのだが、次第に全く答えの出ない問題に直面しプレイヤー自身の感覚それ自体を試される局面が立て続けに起こる。昔のゲームで言ったら「タクティクスオウガ」の序章の決定的なあの選択が最後までぶっ続くといえるのだ。


 しかもRPGのような良い選択/悪い選択というロウかカオスかニュートラルを気取るかの二元論の振り子を選んで分岐したストーリーを見て回るというそれじゃなく、本当に善悪という答えの出ない選択を突きつけられる。ゾンビに噛まれ、いよいよ感染が進む人間が自殺を望むのに対し銃を渡すかどうか。自分を慕ってついてくる少女クレメンタインに、過酷な現実を語るべきか見せるべきなのか。このあたりの葛藤はつい映画の「ライフイズビューティフル」で第二次大戦下で息子に嘘をつき続けリラックスさせようとするおっちゃんなんかを思い出したりした。

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     答えの出ない選択に対し、他の多くのプレイヤーは何を選んだのかの統計

 
 

 


 二元化不能、だがしかし自らの倫理や感情と向き合い選ばねばならないという領域は意外にRPGなどストーリーという表皮のしたにプレイヤーがもっとも感知しているゲームメカニクスがあるジャンルの場合、「あるルートを選びあるステータスなりアイテムなりを得た」というレスポンスによって、たやすく感情移入は掻き消える。このあたりのストーリー&ゲームメカニックの分離感は前にも書いたが「the walking dead」はポイント&クリックの構造ではあるものの、プレイヤーが解決できるパズルというのはひたすら最少に抑えられており徹底してストーリーのシチュエーションに集中させる作りに振り切っていることで分離を抑え、プレイヤー自身がどう感じたのかを問い続ける。

 

 ストーリーテリング完全主体は日本の場合、ノベルゲーム界隈を軸にその選択による分岐という一点がぶっちぎって並行世界や時間ループという構造そのものへ発展し、そこでは結局のところ一種の永遠を感じさせるものへと進んだのを見た一方で、北米でのストーリーテリングとはより状況と問題への意識参加を求める仕掛けが為されていると思う。それは「マスエフェクト」だとか「デウスエクス:ヒューマンレボリューション」でもそうした傾向はあると思うのだが、善悪の答えの見えない選択の揺らぎ、という体感の度合いは本作は特に強い。その点を持ってビデオゲームにおけるストーリーとプレイヤーという関係の前線にあるアドベンチャーではないかと思った。



the walking dead は今回steam版をプレイ。

 steamやiosなどは全エピソード買っても2000円前後で済む中で、12月発売の日本語版は字幕付きでフルプライスというのはなかなかに厳しい値段設定だと思うが・・
 
 
 

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コメント

このゲームをクリアしたときに、なぜかジャンルの全く違う「spec ops the line」をクリアしたときと同じような感覚になったのですが・・・

>>次第に全く答えの出ない問題に直面しプレイヤー自身の感覚それ自体を試される局面が立て続けに起こる。

この一文ですっきりしました。

> nvidia さん

spec ops the lineはFPSというメカニックを生かすための
リアル戦場化の加速というのを
対する皮肉や批評めかして作ってましたね。

the walking deadはメカニック面を
とにかく劇の展開に感情移入できるように最少にしてるため
正直なところ選択によるストーリー分岐という側面さえ抑えてる。

やはり膨大なムービー&ボイスアクトを使うため
多数の可能性の分岐を作りにくいため、
ほぼ一本道に絞ることによって
答えの出ない選択をプレイヤーに突きつけるのに
成功しているのでは?と考えました。

はじめまして。「善悪という答えの出ない選択を突きつけられる」については、日本のノベル系だと三角関係でどっちの女を選ぶかというあたりで掘り下げつくして、やることなくなった・殆ど誰もついていけなくなった、ので煮詰まって終息していった(仕方ないのでループものに走った)という感じです。どっちの女を選ぶか程度の話で何を大げさな、と思われるかもしれないですけど、いちおう、ご報告までに

>(命名)ざらめを靴下に入れる健康法 さん

ノベル界隈に関しては有名作以外あまり詳しくはないため、
貴重な意見ありがとうございます。
the walking deadというのは本文でも言及してますがさまざまな面での
最早古くなりつつある、批判さえあるQTEなどの演出や分岐のなさがあるに
関わらずの一手として、ストーリーで提示される倫理性を問う部分に注目がありましたが
その実それも使い尽くされたそれである、と言えるのでしょうか。

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