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2013年2月 4日 (月)

ソーシャルゲームは金融ではない・現代最大の市場の批評と考察

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 彼らはゲームクリエイターというよりも、ウォールストリートのヘッジファンドアナリストだ」と評されることも多い。ソーシャルゲーム大手の採用基準に数学科の博士号という項目が並んだのは、採用担当の気まぐれではない。

 DeNAの2011年新卒入社44名のうち東大卒19名、京大卒6名と、半分以上がトップ国立大学で占められる。2012年に打ち出した「新卒でも年収1000万円」は優秀なエンジニアを採用するための破格の待遇である。

 なぜクリエイティビティを尊ぶゲーム業界において、これほど高学歴な人材を求めるのか。それはマーケティングのあり方が変わり、クリエイティビティよりも情報集積やパターン認識といった学歴と符合する能力が問われるようになったからだと言える。

「ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか 」 中山 淳雄 (著) より

 グリー・モバゲーの急速な台頭によるソーシャルゲームは以上の元DeNAの人間の新書を引用から見えるように、本来金融関係に流れてもおかしくないような人材がその知見を駆使して如何に効率よく収益をあげるモデルを構築するかを日々追求しているようなのである。

 リーマンショック後にかかわらず、皮肉のように飛躍していったソーシャルゲームはこのようにゲームに対する前提がクリエイトではなく一種の金融工学を扱うようなスタンスによって作られたゲームにて莫大な収益を上げる様は、旧来からのゲームの在り方を見ているサイドからは強い拒否反応を起こす。

 

 現代のゲームの流れを見るに、いま最大の成長市場でありながらコアなビデオゲームファンや開発などの意見ではソーシャルゲームはそうしたスタンスのせいで偏見や蔑視によって黙殺されがちだ。しかし、実際には恐るべき早さでトレンドが移り変わっており、心理や行動の誤謬を使って射幸心を煽り課金させる構造のゲームだけではなく製品として質の高いものも出てきており、かたくなにコンシューマー中心でゲームを語るのではもはや現実の一部分でしかないことも確かだ。ソーシャル界隈はやはり時代変化の最前線には違いなく、その現実は一体どうなっているのだろうか?ということをオレなりに調べつつまとめたエントリ。(すでに有名になっているエントリの引用も多用するので記事としてはあまり目新しくはなく、まあメモみたいなとこが大きい。)

 基本的にビデオゲームの物語や表現や構造みたいなところに興味がある分にすれば、自分が気になるのは確実にソーシャルの拡大がビデオゲームのジャンルに影響を与えていることだ。もちろん経済的な影響がもちろんだし、またソーシャルの構造的にも評論の多くは市場分析が多数だが、ここでは「ではソーシャルの流れはビデオゲームの構造の何を変えるのか?」という側面を中心にしたものになる。

 まずはここ数年のソーシャルゲームの動向を振り返る形で。

1・日本のガラパゴス携帯によって爆発的に広まったソーシャルゲーム・その仕組み

 2009年には361億円の規模だったものがわずか3年の内におよそ10倍の拡大を見せたことは驚異的で、今年2013年の市場成長予測は4256億とされており、これは2012年のハード・ソフトを合わせたコンシューマーゲーム市場の4543.8億円の規模に比肩するレベルの予測であり、ソフト市場と比較すれば2712.1億円を遥かに超えた規模を持っているのである。

  ソーシャルゲーム国内市場規模は2013年度に4256億円へ、YRI調査

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 このいささか唐突な日本でのソーシャル市場の拡大には、次のような環境によるのが大きい。上のグラフで市場規模が跳ね上がるという、成長率が注目された2010年の当時の記事では以下のようにまとめられている。

IT PLUS 2010年3月5日掲載 「ソーシャルゲーム」で成功する企業、出遅れる企業 」より

 携帯電話の国内加入件数は、10年1月で約1億1100万台。スマートフォンが注目されているが、筆頭である「iPhone」でも販売台数は300万台程度と見られており、全体に占める比率はわずかに過ぎない。市場の中心はガラパゴス携帯なのだ。

  この世界と互換性のない市場環境が逆説的に、ディー・エヌ・エー(DeNA)やグリー、ミクシィといったSNS企業の成長余地を生んだ。「Facebook」など欧米圏でパソコンを中心に形成されているSNSがなだれ込んでくる前に、市場を押さえることができた。

 DeNAを急成長させたのは、06年にスタートした「モバゲータウン」だが、そのビジネスモデルはハンゲームに似ている。無料のゲームとアバターなどを販売するアイテム課金型が基本で、ガラパゴス携帯という守られた市場があるから黒字化までの時間を確保できたといえる。ソーシャルゲームもミクシィが昨年、DeNAが今年初めに参入したが、海外のSNS企業に遅れをとらない時間的余裕があった。

 ソーシャルゲーム拡大のフックとなったのは以上のように極めて日本的な環境の集積によって市場が確立していったという形であり、月額課金えはなくフリーミアム(基本無料)によって、プレイヤーのゲームを解く技量を問わず簡易に隙間のあいた時間に始められてすぐに終えられる。という一見して金銭的・時間的なコストが大変低くゲーム内容も非常に敷居の低いものとして広まっていった。という。

 しかし、フリーミアムであるソーシャルゲームの収益構造というのはおおよそガチャやアイテムによる課金というが、それがいかなる形であるか?というのは、おおよそ次の形になっているようなのである。

コンプガチャだけじゃない。ケータイSNSゲーム課金の仕組み解説(しっぽブログ様より)

コンプガチャの話をする時に、よく「射幸性」という言葉が使われる。
ギャンブルで勝つことが忘れられなくて依存症になっちゃう、ということね。
でも、今回の場合、その前に「錯誤(さくご)性」や「欺瞞性」と呼ばれるものが問題になると思うんだ
つまり「勘違いするように仕向ける」というものだね。

今説明したコンプガチャは、最初にユーザーに安い値段を予想させておいて、
実は高い値段がかかる、という部分がこれ。

今回話題になっている法律が作られた時にも、
コンプするとレアがもらえる、という方法に

「懸賞の方法自体に欺瞞性が高い」という指摘をしているんだ。

もちろん射幸性は問題だけど、
ケータイSNSゲームの仕組みについては欺瞞性に注目だと思うよ。

 

 既に去年コンプガチャは規制がかかったが、基本無料のゲームが収益を上げるための最適化されたモデルがどうやらこのような形であり、何故どのソーシャルゲームもほとんど変わらない全く似通ったカードゲームばかりなのか?というのも、こうした課金構造あってのものだ。フリーミアムがいかに収益モデルを構築するのかというのは現在進行で問われ続けているが、グリー・モバゲーの行ったそれはすでにクリエイティブと別物の金融工学的なそれを思わせる。あげく、そのモデルも極限まで来ると以下の素晴らしい事態も起こしているのである

6本の違うゲームをプレイしているはずが、なぜか同じゲームをプレイしている気分になった怪事件(ゲームキャスト様より)

あ…ありのまま、ゲームキャストで新作ゲームチェック中に起こった事を話すぜ! 「おれはチェック前のゲームをプレイしていたと思っていたら、いつの間にか前にプレイしたはずのゲームをやっていた」

な…何を言ってるのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった…。 違う発売元の、違うゲームをチェックしているはずなのに、すでに内容を確認したゲームを繰り返し何度もチェックしている気がする…!(中略)

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ソーシャルゲームはソースをコピーして、メッセージを置換して作る…とは一時期言われたが、本当にそのまま。 最近はさすがに質が上がってきてコピーソーシャルゲームは影を潜めていたのだが…。 違う題材で違う名義でリリースして、違うものに見せようと努力しているのが…。(中略)

競争が激しくなり、「次世代基本無料ゲーム」が出てきはじめたなかで、採算が取れないゲームアプリをコピーしまくってどうにかしようとしたんだろうな…。 ということで、「同じ会社が違う名義で、コピペでゲームを作っていた」というのが、事件の答えか。 コピペアプリに超旧世代アプリの断末魔の姿を見たのだった。

 まさにクソゲーは市場が栄えるそこで大量発生するという現実を見せつけるかのようである。しかし、これは凄まじい早さで移りゆくこのジャンルのトレンドの最後尾の反応であったことが言及されており、現在のソーシャルゲームの動向は環境の変化によってまた一歩違う方向へと向かっているのである。

2・スマートフォンの普及による環境の変化

 それがスマートフォンの普及によるネイティブ・アプリでの変化だろう。奇しくも2009年度以降に日本でも急速にスマートフォンの普及が進み、その出荷台数の2012年3月までの推移は以下のようになる。

 

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 この環境変化によってグリー・モバゲーを通さず独自の経路でアプリを提供する流れが生まれ始め、このままグリー・モバゲー型の射幸心や錯誤を起こす課金構造でソーシャルゲームの形は固まっていくのか?と思いきやそんなことにはならず、結構な部分をプレイヤーの手腕によってフォローできるゲームらしいゲームが現れそんなソーシャルゲームの課金構造の約束事を普通に超えて行っているのである。ガンホー「パズル&ドラゴンズ」が代表的なそれだ。

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 ソーシャルのカードゲーム構造にポケモン・マッチパズルをミックスさせた身なりではあるが、ソーシャルゲームの大抵のものはブラウザ上にて極端なまでにRPGでいうところの戦闘や冒険と言った要素が簡略化されたものであるのに対し、これはほとんどゲームの経験や技量のない初心者でも面白がれるツボを押さえることが出来る構成になっており、構造的にもガチャを徹底的に引かせるような仕掛けを取っておらず、まさにゲームらしいゲームを作る意識によってソーシャルの課金構造の約束事を超えると言ういささか皮肉めいた成功をおさめているのである。運営にしても以下のスタンスだ。

[TGS 2012]ガチャの次は神運営の時代か? 新たなビジネスモデルを模索する「TGSフォーラム ゲームビジネスセッション」レポート

 ソーシャルゲームのサービスが,プレイヤーにお金を払ってもらわなければ継続できないのは言うまでもない。どうせお金を払ってもらうなら気持ちよく払ってもらおう,そのためにはどうすればよいのかというのが論点となる。お金を払わせよう払わせようとチャージをかけても,プレイヤーはかえって警戒してサイフの紐を締めてしまうというのはありうる展開である。ではどうすればいいのか? ポカポカ運営を目指していこうという提案である。

 なんでも,ソーシャルゲームでは,プレイを始めた人が翌月まで残っている率が30%あればよいほうなのだそうだが,やりようによっては継続率を80%に上げることができると山本氏は語る。(中略)

 一方で,氏は,ソーシャルゲーム独特のマーケティング手法に疑問を呈する。まず,パズドラでは,友達を連れてくるとアイテムがもらえるといった手法は一切行わないとのこと。アイテムで釣っていると,友達がアイテムにしか見えなくなるだけでなく,義理でゲームに登録しただけの人はどうせすぐにやめてしまうので意味がないからだ。また,Twitterで定型文をつぶやかせるようなことも絶対にしないという。ソーシャルゲームでは口コミが非常に有効ではあるが,そういった「作られた口コミ」では逆効果にしかならない。このあたりは美意識によるところもあるのだろうが,実際にユーザーが感じるバイラル効果というものをちゃんと理解しているということだろう。

 以上ガンホーの「パズル&ドラゴンズ」クリエイターによる、 「北風と太陽 ―ポカポカ運営―」と例えたソーシャルゲームのスタンスであり、グリー・モバゲー的なソーシャルゲーム構造を「北風になって、無理にお金を払わせようとしていませんか?」と言っている通り従来のソーシャル構造に乗らず、ゲームの面白さによってプレイヤーを引き付け続ける形となっているのである。

 そのスタンスによる爆発的なヒットによってトレンドが変化したのは確かであり、まあそれから似たゲームが大量に現れたのはしゃあないところはあるけれど、このアプリのヒットがコンプガチャ規制後に勢いを落とす旧来のソーシャルゲームと、安価なブラウザでのやりとりから演出や構成などのクオリティを増加させ、オンラインゲームのインフラを持つパブリッシャーがグリー・DeNAの大手SNS会社を通さずに独自でゲームを提供するネイティブ・アプリを成功させた象徴的なゲームになった、と見える。

 以上のスマートフォン普及による環境変化によってグリーとモバゲーの二極が覇権を握るなんて構図にも変化が出てくるんじゃねえのと見え、やはり二大SNS会社によるソーシャルゲームの相変わらずなガチャ課金構造がこのまま進む一方で、ゲーム製作会社による順当に課金構造とゲームシステムの折り合わせのついたゲームがセールスを上げるというのも今後当然のように出てくるのだと思う。

 

3・そしてフリーミアムが席巻するのか?

 というわけで、ザックリとソーシャルゲームの現実はクリエイティブの立ち位置的にどうなのか?という側面で色々調べて見たら、ほんと識者に言われている通り恐ろしいスピードによって移り変わっているし数年後はわからない。ということで、これ書いてる時点でもソーシャルの成長は滞り始めているとかバブルがはじけ始めているとか見てまとめながらこのエントリも賞味期限あぶねえんじゃねえかと思いつつも、このソーシャルの拡大に代表的な最大の構造の変化は結局のところフリーミアムが基本の時代になっちゃうのでは?ということだ。

 それは大ざっぱな例えで言うならば映画とテレビ番組の差、と言え、40年代のアメリカ映画の環境に例えればコンシューマーがまさしくハリウッド映画でスマホやタブレットは普及していくテレビだ。従来のコンシューマーゲームを中心としたビデオゲームはそのゲーム内容とパブリシティによってパッケージを買っていくものであるという、まあ当たり前であるゲームビジネスの構造であるが、現在のスマートフォン・タブレットPCの急速な普及に伴う環境の変化によって台頭してきたのが以上のフリーミアムであって、それは必然的にゲームの構造に課金機会を織り込んだ構造にしていかなければならないわけである。基本無料だが、視聴率を前提にしている地上波テレビ番組のように。

 最終的に言及したい構造の変化とはそういうことであり、ソーシャルというのはそのビッグウェーブの中の一つであると言えるのだが、そういう事態になったおかげで常に課金機会を織り込むことに意識することによってクリエイティビティというものに自由度がなくなり、ある種の射幸心によって金を払わすような構造のゲームばかりになるのか?とこの環境変化を絶望的に思えるかもしれないが別にそんなことはないだろう。

 テレビの普及によってハリウッドはもちろん大きなダメージを受けたわけだが、今日までに映画が消滅したわけではないし、またテレビの方面に映画人が行っても少なくない優れた結果を残しているのも見られるわけで、コンシューマーがビッグビジネスの中心というのは終わるかもしれないがその豪華絢爛で最先端の技術によるゲームが終わるわけではないし、コンシューマーそれ自体が消滅しきってしまうという極端なことも起きないようにも思う。なんだかんだで適応した環境なりの傑作や名作の可能性があり、そのたびにパラダイムが変わっていっちゃうというのは当たり前にあるだろう。

 

 それに、現在のクリエイティビティという側面はビデオゲームの環境が以上のように大きく変貌するなかである一方のサイドが先鋭的に行っている。そう、インディーズゲームである。というわけで次回は「正しいインディーズゲームの勝ち方」です。

 P・S先日ガンホーグループにグラスホッパーマニファクチュアが加わる というニュースが流れたが、それこそフリーミアムでアドベンチャーなんて作ってもらえればオレなんかは最高だ。テレビ番組の時代ってことだから。そこで前々からファミ通エッセイで語ってたように続きが気になって課金しちゃうような構造(そうはならねえかな)連続刑事ドラマ的アドベンチャーなどを実現してもらえばいいなあと思う。売り上げ次第で1クールのびたり打ち切られたりとか。ところでソーシャルゲームでもノベルゲー形式のアドベンチャータイプのものがあるけどあれ売上どうなんでしょうか?

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