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2012年8月30日 (木)

spec ops the line「スペックオプス・ザ・ライン」 感想と考察・砂嵐の奥にて

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「スペックオプス・ザ・ライン」のレビューはmk2にも投稿させていただきました

 この作品は実際に触れてみると、このブログでも例によって触れたけれど製作者のコンセプトにて言われていた「闇の奥」「地獄の黙示録」をベースにしているということの印象よりも、初期からのリアルタイム3Dレンダリングによるアクションアドベンチャーがその処理能力のレベルにより、必然とモチーフにしてきた表現方法と、そこから導き出された物語、という実感が強い。つまり、「spec ops:the line」は映像・空間的に「サイレントヒル」「ICO」、近い時代なら「バイオショック」などの直系に連なるものだと思う。

 それは何か?ある時は「霧」ある時は「闇」ある時は「深海」などなどに包まれたゲームデザインのことであり、視界が遮られ手さぐりになりながら手がかりを探るなかで、そのうちに現実感さえも曖昧になっていく場であることだ。

 そして「spec ops:the line」とは「砂嵐」に包まれた中での旅ゆえに、コンラッドの小説やコッポラの映画を原作としているという意味を解釈したうえで乗り越えた、かつてのゲームのリアルタイム3Dレンダリングから逆算されただろう「正気と狂気、現実と幻想が曖昧になる場所」を描いたゲームの直系なのである。

砂の中に包まれるゲームデザインがもたらす意味

 そもそもなぜリアルタイム3Dの空間は闇や霧に包まれるのか?

 昔のゲームではリアルタイムでフルに人物と風景を3D表示させたままのゲームというのをスムーズに表現するのはスペックの問題などで実現しにくかったと思われ、初期のPS時代では「ファイナルファンタジーⅦ」「バイオハザード」などなどは3Dで構築した風景をスチールにして背景として設置して人物はリアルタイム3Dで表現するという処置が取られていたし、また逆に「グランディア」「ゼノギアス」みたいに人物はドット2Dで舞台をリアルタイム3Dで表現する、という形で世界観を構築していたと思う。

 フルリアルタイム3Dで空間を表現する場合で画面に表示できる範囲と言うのは限られてしまうわけで、初期のPSやサターンなどのフルリアルタイム3Dのゲームを遊ぶといきなり奥の方から背景やデクスチャ-がボコッボコッと表れてくるような、いささか不自然で絵的にも美しくない表示が多く見られたと思う。

 ではどうやって美しくて奥行きのある、リアリティを感じる空間表現になるか?をその当時に突き詰めた結果、まず単色のバックグラウンド(えーっと、ちょっと64のマリオとかゼルダやGTAで壁抜けしたら亜空間に落ちていくっていうバグあるっしょ?そこで灰色とかしろ一色みたいな背景になるアレ。)をもとにして、手前はくっきりとしながら奥に行くほどに空間を薄くしていくという形で奥行を出していくという空気遠近法という技術を使うことによって、画面に3D表示できる分を徐々に表示することによって、当時としてはスムーズで奥行きのある空間表現を実現したんだと思う。

 が、そのリアルタイム3Dの洗練によってもたらされた光景は、霧や闇にどこか覆われたようなムードになり、ある種のゲームはそうした3Dマジックとも言うべき効果を意図的にゲームデザインに組みこんでしまったと思う。PSの「サイレントヒル」「ICO」などがそうだ。

 スムーズでリアリティのあるリアルタイム3D表現を詰めた結果、ここで現実と幻想が入り混じったような光景が構築されることになった。ゆえに、それを生かした結果として現実と幻想、正気と狂気というものが曖昧になっていくような作品が多々見られることになったのである。PSやSSの時代のホラーやファンタジーが「霧」「闇」に包まれやすかったのはその理由からだとオレは思う。

 

 時を経て、表現のスペックも上がったHD機の時代になればかなりの部分をリアルタイムで表示できることによってそうした霧や闇に包まれる作品を見ることも少なくなったが、その3D空間のマジックは生きていると見え、 「バイオショック」「深海」がそれを倣っているように見える。そして「spec ops the line」において象徴的なファクターであるのは「砂嵐」なのだ。

 

現実と幻想、正気と狂気の境界のラインを崩壊させるトリガー

 以上に例に挙げたゲームは冒頭に「霧」「闇」「深海」に訪れるように、物語は強烈な「砂嵐」の中を歩き進むところから始まる。そう「現実と幻想」の境目が壊すトリガーになっているのだ。

 その後に展開される砂にのまれたドバイの都市光景こそがまさに壊れた現実感の象徴的な絵であって、このあたりの歪な快感はバイオショックにおけるラプチャーに入場した時に近いとも言える。

 

 そのような現実と幻想の境目を壊すトリガーが引かれたあとには主人公ウォーカーの正気と狂気の境目を壊そうとしてくるイベントや演出が待ち構える。無抵抗の人質が殺されかけているのを見捨てるか、否か。民衆の暴動に対し引き金を引くか、否か。その攻撃は人道的か、否か。米軍からCIAも介入することによる、様々な派閥の混在によって敵味方と善悪がわからないままに進むことになるのだ。

 ここでプレイヤーの嗜好によって完全に分かれるだろうがこうしたイベントの選択しだいで物語の展開の分岐というのは無い。ゆえにここは選択を迫られるウォーカーの内面に感情移入させるためのフックと言える。

 こうした内面を壊す事態に遭遇していくたびに、また猛烈な砂嵐が視界を覆う。砂嵐の中では敵味方も分からなくなり、銃を撃つ光が砂の中で点滅するというシーンが繰り返される。その中でウォーカーの現実と幻想、正気と狂気のラインが完全に歪んでいくのを追体験していくという、タイトルの「ザ・ライン」とは戦略上の防衛線から精神の境界線までを表す多重の意味を含んだものだ。

 

 こうした砂嵐という象徴的なトリガーによって内面に下りていくという演出力をもって、3Dでレンダリングされる世界と原点である「闇の奥」を昇華し、交錯させた形になったと言える。(その意味でカフカの「城」をモチーフとしたというグラスホッパー・マニファクチュアの「シャドウ・オブ・ザ・ダムド」はこうなるべきだったんじゃないかとも思った。)

 全体的な仕様はTPSでありながらTPSではなく、やはりこれはタイトルの中で最大の山場にあるのがウォーカーの精神を巡る旅の演出にあるゆえに、ゲームの快感の質はアドベンチャーに近いのだ。

 

コール・オブ・デューティへの盛大な皮肉のゲームデザイン

 

 

 あとこの作品の意味はジャンルに対して皮肉的て批評的な立ち位置を獲得しているタイトルであるというのが大きい。それは日本のRPGにおける「MOTHER」に当たるというか、昨今のアメリカ軍による鎮圧や殲滅目的のシューターに対する壮大なカウンターになってるって点だ。

 

 もう映画なんかでもアメリカ軍がイケイケで敵を殲滅させて最高みたいなのは昨今の情勢の中で少なくなっていて、「ハートロッカー」や「リダクテッド」あたりが最低ラインにあると見える。だからなのかアメリカ軍最高!みたいな映画って今作る場合「まったく政治的にも人種的にも権利に接触しない敵」を設定する中で出た答えが「宇宙人が来たー!」になってしまった「ロサンゼルス:世界侵略」みたいな映画になってしまうのだ。

 しかしゲームにおいては多くのタクティカルシューターは「コールオブデューティ・モダンウォーフェア」などはロシア超国家主義なんとかが敵とか言って冷戦時代の構図を持ちこんだり、 「ホームフロント」なんかはアメリカが朝鮮人民軍に支配されてるからそれと戦うみたいな代物であったり(しかも「地獄の黙示録」の脚本家、ジョン・ミリアスがシナリオ)、さすがに実在の国家を敵にしてるわけだからギリギリのところでウェットにしているにしても、これがメジャーとして大手を振っているのだ。翻って「地底から敵が出た-!」のギアーズはいろんな意味でゲームの未来を先取りしているのかもしれない。

 スペック・オプスのスタンスでオレが白眉だと思ったのは、コンピューターのモニターを介して爆撃を行うシーンと、その前後の演出。コールオブ・デューティ:モダンウォーフェアにて近似したシーンに出くわした際には「これはヤバいんじゃないか」と思ったときのものが掘り下げられているし、またこれは2004年の11月、米軍がイラク侵攻に際してファルージャにて使用したとされる「白リン弾」の使用に関しての議論をゲームに持ち込んだという意味で2重に批判的な側面を持たせたことである。

 

 本作の意義はビデオゲームで一つの流れである現実と狂気の境目に導くグラフィックの手法と、映画方面ではかなり正されてるのに対して半ば無邪気なままで放置気味になっていたミリタリー・シューターの側面にたいして批評的であるのが大きい。

 本作の開発会社イェーガーはドイツにあり、この善悪や倫理性、エンターテインメントの持つ残酷や無邪気さとの距離を取った批評性などはまさにかの国らしいとも思うのだが、開発者のインタビューを見るにビデオゲームとプレイヤーの関係や感情や情緒性をも追求しようとするスタンスは珍しく、すでに次のプロジェクトに取りかかっているというので本作をさらに推し進めたものになるのかどうかという期待がある。ビデオゲームの表現やストーリーテリング方面の現象の方面に興味のある方なら本作は外れないだろう。

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3.ビデオゲーム表現」カテゴリの記事

コメント

PSでフルリアルタイム3Dと聞き、“ICO”や“サイレントヒル”の他、フロム・ソフトウェアの“キングスフィールド”や“シャドウタワー”も浮かびました。どちらも全体的に暗い雰囲気(闇)で、特にシャドウタワーはBGMも無く、攻略すればするほど寂しさが増していく感じ。個人的に、そういった演出での事情をリアルタイムで特に感じたのは、PS2ですが“ワンダと巨像”でした。冬場だと、プレーしているだけで寒そうな感じが伝わってきて身震いしそうになります。

887さんが取り上げられているゲーム、とても興味あります。

>ぬるま湯さん

おお「キングスフィールド」ですか!そうだそうだこれもありました!
いやあ特殊な文脈で切り込んでみましたが、こういう意見がでたことでちょっと価値があったなあと。

クーロンズゲートにも触れるか触れまいかを悩んだんですがあれはプリレンダムービーのつなぎ合わせで3D空間を錯覚させるというのに優れてたしなあと(笑

いろいろ勉強させていただきました。
特にハードウェアの処理力が低い時代にしかたなく行っていたぼかしたり、ある意味
ごまかし的な処理から生まれる奇妙な印象を逆手にとってうつろな感じの世界観や
おぼろげな背景の演出に利用し、アナザーワールド的な作品やある種の「世にも奇
妙な物語」的な作品が数多く登場した、という話はひょうたんから駒とでも申しますか、
うまく利用したもんだと、かなり面白い話だと思いました。

オープニングの長いまっすぐの道をひたすらのろのろと歩かされた時は、
「いつまで歩かせるんだ。さっさと次のシーンに進んでくれよ。」
と本気で思いましたが、なるほどそういう必須の導入部分だったんですね・・・。
つまり、おぼろげなドバイの異界観溢れる景色を見せつけて、今から異世界に迷い込
みに行くんだぞ、という事をプレイヤーに印象付けさえるパートだったんですね。
おかげで理解できよりゲームを深く楽しめそうなのでもう一周する気になれました
(ストーリーが悲惨すぎてやる気になれなかった)。、ありがとうございます。

>マジパネェッス (なんじゃそりゃ)さん

現在でもバイオショックインフィニットの空の光景も靄に包まれたような絵面ですし
(これは空であり同時にシリーズに繋がる風景ゆえにそうしてるんだと見えますが)
難解な・深層心理的な方向に向かったゲームというのは
今も初期リアルタイム3Dの見せた光景の意味作用を引っ張ってる印象ありますね。
最近Twitter見てたらスペックオプスの話題が多かったのですが、steamでセールだったんですね^^

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